デザインの初心  「初心」

 初心にたどりつくまで

 プロダクトデザインを仕事にして三十年を越えることになりました。
 それだけの年月ですが、じゃあ三十年分の仕事として三十個これまでの仕事の成果を挙げてくださいと問われると、いささか困ってしまいます。どう考えてもお見せ出来るような三十という製品を思いつきません。
 もちろん「見せられるデザイン」だけが仕事の評価ではありせん。人知れず使われ続けているモノ、多くの人に愛されたものという大事な要素もあります。しかしそういう基準をはかりにしてもやはりそう数が増えるわけではありません。
 一年にひとつ。一見低いハードルですが、実は高いハードルです。
 しかもお見せできる製品の多くがここ五年以内に仕事をしたもので占められてしまうでしょう。つまり五十歳というふつうで考えればモノを創造する人としてはかなり遅すぎる年齢になってからデビューしたようなものです。
 こつこつという言葉はあまり似合わないわたしですが、どうしてこの年になるまでプロダクトデザインを続けてきたのか、そのことをお話できればと思ってはじめたのがこの「デザインの初心」です。
 初心の大切さを思うことは、過ぎてからしか分からないのです。

 言葉にならない気持

 会社を辞める際重役の方からこんな言葉をいただきました。
 『秋田君、相手の言葉を聞いちゃだめですよ。世の中にはしゃべることが苦手な人も大勢います。そういう人は時々考えとは違う事を言ったりするものです。でも、その言葉に捕らわれることなく、相手の心の中にある本当を読み取るようにしなくてはいけませんよ。』
 こんな話をされたこともあります。『高額な音響機器を楽しむ人というのは、音楽を再生する最先端の技術を求めながらも、その部屋には装飾されたアンティークな家具が置かれていたりします。そういう一見矛盾した好みをどちらも満足させなくてはいけない難しさがオーディオのデザインにはあるのです』わたしはワインセラーをデザインする時、その言葉を思い出していました。
 ワインを愛好する人は、子供の頃ラジオを組み立てたり、ステレオで音楽を楽しんでいたのかもしれない、それは「聴覚の時代」。次には映画や芝居に興味を持つ「視覚の時代」。そして今料理やワインに好奇心がわく「味覚の時代」が訪れているのではないかと推測しました。そして生まれたのが「味覚のオーディオデザイン」というコンセプトでした。
 言葉になっていない人のメッセージ(言葉)を聞くことも大事なデザインの要素です。

 知られていない事を知る

 わたしはカタチでメッセージを表現したいと思っていました。しかし現実には、それは難しいことです。考え方を話すこと、文章化して読めるようにすること、いまさらながらとても重要なプロダクトデザイナーの仕事であると気がつきました。
 そしていろんな場所に出かけて行って講演をやらせていただき、ブログや雑誌に日常とデザインのかかわりを書くようにしました。ひとりふたりと自分のデザインに対する考え方に賛同してくださる人を増やすそういう積み重ねによってはじめて「カタチでメッセージを伝える」事が可能になるのだと思います。
 「自分は相手にとっては存在しない。」まずはそこから考えや行動を始めないと、すべては始まらないのだと思います。
 わたしは今、LED信号機や自動券売機などの公共機器のデザインを手がけています。良く見かけるけれどほとんどの人がその「カタチ」には興味や関心をもってはいません。そういう街の基本がきれいになる事は、とても重要な事であり、小さな時から美しいものを見て育った人達がどういうすばらしい感性をもつのかそこに興味があるのです。
 プロダクトデザインは、ちょっとした「カタチのラブレター」だと思います。街のあっちこっちに「ラブレター」が立っていたらそんなすてきな風景はないと思うのです。

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