デザインの初心  「環境」

 動かないベンツ

 デザイナーという仕事は「かっこよさ」を求められています。いやそう世間が求めているように「感じる」仕事です。さっそうとした服装で、広々とした整理の行き届いたオフィスで、大きなデスクの前に座り瞑想にふけっているそういう様子がまさにふさわしい。
 今から十五年程前、わたしもそういうイメージにぴったりの事務所で仕事をしていました。コンクリート作りで壁は真っ白、部屋の高さが三メートル近くありその一面は全部窓になっていて、ブラインドを下ろしていないとまぶしくて部屋の中にいても日焼けをしてしまうそんな健康的な事務所でした。
 この白い部屋の事を「動かないベンツ」と呼んでいました。高級車。
 そこに越す前には、通りの奥まったところにあった日当たりもあまり良くないうなぎの寝床のような小さな部屋で仕事をしておりました。
 ある時、海外の有名なメーカーが、日本向け製品のデザインを担当するデザイナーを探しているという事で、その小さな事務所に数人で訪問してきたのですが、談笑しながらもどこか気持が萎縮していたのを覚えています。
 結局、そのメーカーと仕事するには至りませんでした。その駄目だった理由を、自分の能力不足ではなく「事務所の規模」や「事務所の体裁」にあったと勝手に解釈したのです。そしてかなり無理をしてミバエの良い事務所として選んだのが「動かないベンツ」でした。

 倉庫からの再出発

 スタッフも雇い、いっぱしのデザイン事務所をつくった気持でおりました。
 ところがその素敵な場所の力でクライアントや仕事が増える事はありませんでした。
 「器を用意すれば、その中身は自然と埋まるもの」そういうつもりになっていましたが、世間はそうは思わなかった。逆にこれという目立った製品もデザインしていないわたしが不相応にいい事務所にいることにまわりは反発すら覚えたかもしれません。
 結局、「動かないベンツ」にはわずか一年半ほどしかいませんでした。スタッフも雇い続ける事もできず、事務所をたたんで自宅で仕事をするようになりました。
 しかし自宅にもどったと言っても独立した当時と家族の状況が変わっていました。子供が増え長男も成長して、その上道具も増えていて、どうにも仕事がやり難いし家族にも不便をかけるわけで、これではいけないということで、日頃使わない道具や本を置かせてもらう名目で倉庫代わりの部屋を探しました。
 その倉庫代わりに借りた六帖の部屋を結局六年も仕事場として使う事になり今にいたっております。一番気軽に選んだ部屋がもっとも長居する場所になるとは思ってもみませんでした。
 駅から近くて静かで日当たりも良く格安で階下に住む大家さんも親切で、なんだか事務所というより「下宿」という佇まいのこの部屋は居心地がいいのです。今、市場に出ているわたしのデザインは、この狭い仕事場から生み出されたものです。

 「余裕」という器

 この話は、狭い場所だから良いものが出来るという結論で結ぶつもりはありません。いい環境であってもそうでない場所にあっても生み出されるデザインの質には直接関係がないということです。
 この仕事場になってからは、わざわざ都内のホテルで泊まったりしました。仕事にメリハリや変化をつけ、しばし豊かさに身を置く為です。つとめて新しくできた商業ビルや美術館に出かけたりもします。仕事場はあくまでも外で感じた事をまとめる場所であり、デザインが生み出される瞬間は、それらの場所を歩いている時だったり、カフェでぼーっとしている時だったりするものです。
 しかししかし、本心は素敵な広々とした事務所で仕事をしたいなあと思っています。
 仕事関係の人や友人が、ふらっと訪れてきて『やあ 別の仕事で近くを通りかかったからちょっと挨拶に来ました。』と言いながら、実はわざわざ出かけて来てくれるような事務所。
 「器を用意する」という事はつまりそういう「受け入れる余裕のある場所」という意味なのでしょうね。それは外観が綺麗だとか広いとかというだけではない生活者のゆとりがそこはかとなく醸し出された環境をさすのでしょう。
 デザインという仕事は「生活の香り」は大切ですが「生活の臭い」を出してはいけない仕事なんだと思います。

ページトップへ戻る